中島聡「2034 未来予測 – AI(きみ)のいる明日」読了 – 2026年3月13日

2034 未来予測――AI(きみ)のいる明日」読了。

以下、マークアップした部分を中心に読後メモ。

読後メモ

AIはまだ序章でしかないという感覚

  • AIの現在地は「まだ2合目、せいぜい3合目」
  • すでに大きな変化が起きているように見えても、実際には社会実装も制度設計も価値観の更新もこれからが本番という認識
  • いま見えている生成AIの便利さは入口にすぎず、本当に重たい変化はこの先の生活基盤や産業構造の側にやってくる

AIの進化は「機能向上」ではなく死生観の更新にまで及ぶ

  • 故人再現AIやメモリアルボックスの話は、単なる技術トピックではなく人が死者とどう関係を持ち続けるかという話になっていた (これは直近も地上波の番組であった話題だと思う)
  • 日本人が位牌や墓前に向かって故人に語りかけてきた行為の延長として捉える視点には強い説得力があったのだけど、同時に宗教観から見たときにこれはどういう理解になるだろうと考えた。AIは生産性や効率の道具にとどまらず、人間の喪失や祈りにまで入り込んでくるのだということ

「正しさ」だけでは人はAIを受け入れない

  • AIに求められるのは、IQ的な正確さだけではなく、EQ的な寄り添いなのだという指摘が興味深かった。ちょうど似た話を所属している組織の中でもトピックとして出ていた
  • 人間も同じだけれども正しすぎる存在は、ときに人を救うよりも息苦しくさせる。合理的な回答だけを求めているのではなく、自分の矛盾や弱さを受け止めてくれる相手を求めている

AIは最高の相談相手になりうる一方で、中立でも無害でもない

  • 24時間いつでも相談できるAIは、確かに心強い存在になる。これも人間と同じで人格や正義は育った環境や今時点に至るまでの生き方(= AIの場合は学習データや設計思想や運営企業の価値観)に強く規定される。
  • 便利で親しい存在になるほど、知らず知らずのうちに価値観まで預けてしまう危うさがある

エコーチェンバーはSNSより深く、静かに進むかもしれない

  • エコーチェンバー
    • SNSやネット上の閉じたコミュニティで、似た意見の人々と交流し続けることで、自分の意見が増幅・強化される現象
  • 自分を肯定してくれるAIばかりを選ぶ未来は、想像以上に現実味がある。反対意見や不快な指摘を避け、心地よい人格だけを選び続ければ、思考はどんどん閉じていく。
  • SNSの問題が、そのまま「親友」としてのAIに持ち込まれる構図はかなり怖い。

次のプラットフォームは端末ではなく「常時伴走するAI」になる

  • 次のスマホとは何か、という問いに対して、特定のハードウェアではなく24時間寄り添うパーソナルAIアシスタントそのものだとする見立ては腑に落ちた。端末の形ではなく、生活の中心にどのAIが入り込むかが覇権争いの本質になる。
  • なので競争の本丸はデバイスが何であるかというよりかは、人格・接点・継続利用の設計なのだと感じた

便利さの裏側で、生活そのものが商品化される

  • 無料でロボットを配り、家庭内データを集め、最適な広告につなげる構図は非常に生々しい。フリーミアムの延長線上に、家の中の行動や消費の意思決定そのものが収益化される未来がある。便利さを享受するほど、自分の生活が誰かのビジネスモデルの一部になっていく感覚を持っておく必要がある。「タダより高いものはない」。
  • オフトピックだけれども椎名誠の「アドバード」思い出した。

AI時代に人間に残る価値は「文脈を読む力」

  • 相手の家族構成や最近の出来事といった事実はAIが教えてくれる。しかし、その話題を今出すべきか、今日は触れないほうがよいかという判断は人間側に残る
  • 情報量ではなく、文脈に応じてどう差し出すかがコミュニケーション能力になるという整理はとても納得感があった

AI前提の世界では「あえて人がやること」に意味が宿る

  • AIの助けを借りれば誰でも気の利いたことができる世界では、あえて自分で覚えておくことや自分の言葉で伝えることが敬意になる。手書きの手紙や、非効率だけれど直接的な情動の価値がむしろ高まっていく。効率化が進むほど、人間らしい不器用さや手間が持つ意味が逆説的に強くなる。

教育のあり方も「集団最適」から「個人最適」へ動く

  • AIが否定せず、個々の理解度と関心に合わせて伴走することで、学校の意味そのものが変わるという見立ても面白かった。学習の個別最適化が一部の特権ではなく、広く届く可能性がある。
  • 一方で、知識獲得の効率が上がるほど、人と人が同じ場で学ぶ意味をどう再定義するかが問われるとも感じた。

日本の勝ち筋を「完成品」ではなく部品や強みに見る視点

  • 人型ロボット市場で米中が先行する一方、日本は部品メーカー大国として存在感を持ちうるという議論は現実的だった。夢のある完成品競争に乗れなくても、強みのある領域で勝つ戦い方は十分ありうる。
  • 技術立国としての日本を考えるとき、何でも頂点を目指すのではなく、どこで不可欠な存在になるかを見極める視点が重要だと思った。

AIとロボットが仕事を奪う問題は、収入より「生きがい」の問題

  • 労働の8割が代替された社会で本当に深刻なのは、失業率よりも「自分は必要とされていない」という感覚の広がりなのではないだろうか。仕事は収入源である以上に、社会参加や承認や自己定義の基盤。だからこそ、UBIのような経済的補償だけでは社会の安定はつくれず、生きがいの設計が政治や社会の本題になる

AI時代のポピュリズムはより構造的になる

  • 移民ではなく、AIやロボット、それを所有する資本家に怒りが向かうという指摘は重かった。技術の恩恵と痛みの分配が偏れば、社会は簡単に分断される。
  • AI導入の議論は技術論だけでなく、所有と分配と尊厳の問題 として考えなければならない。

それでも最後に残るのは「自分はどう生きたいか」という問い

本書は未来予測の本でありながら、最終的には生き方の本だったように思う。仕事という軸が揺らいだとき、自分は何に時間を使い、何に喜びを感じるのか。AIの進化を外部環境の変化として受け取るだけでなく、自分自身の意味や本物を問い直す契機として読むべき本だった。


AIの進化を技術トレンドとしてではなく、死生観・仕事観・人間関係・国家や社会のあり方まで含めて捉え直しているのが印象的だった。便利になる未来への期待よりも、そのとき人間に何が残るのかを考えさせられる場面が多かった。

結局問われるのは、AIが何をできるかではなく、AIのいる時代に自分はどう生きたいのか、なのだと思う。

親子丼 – 2026年3月12日

どうしても焼き鳥並びに卵を使ったお昼ごはんを食べたかったので同僚と親子丼を食べに行く。
元々行こうとしていた焼き鳥屋さんのランチ、昨年末で終了していたことを知り、急遽変更したのだけれども目的達成できてよかった。

親子丼の写真

とてもおいしかったランチの親子丼

徒然日記 – 2026年3月11日

東日本大震災から15年。

15年前の当時を思い出して振り返ったけれども自分の人生の中でも大きな転機だった気がしていて今のこの時点まで自分が生活ができていることに本当に感謝しかない。

徒然日記 – 2026年3月10日

東京、朝から雪が降る。気温1度。
雪が降ると頭の中に安全地帯の曲が流れる。

水分が多い雪なので朝散歩は休んだ。

26年3月10日の雪の空

雪が降る

今日の一枚 – 2026年3月9日

朝散歩2.2Km、今朝も薄曇り。多少冷えて気温2℃。
今月末にはきっと満開。桜。

散歩道の桜並木と今朝の空の写真

散歩道の桜並木と今朝の空

報知杯弥生賞ディープインパクト記念 – 2026年3月8日

中山競馬場で行われる 弥生賞ディープインパクト記念(GⅡ)を購入。
今回は 4番 ライヒスアドラー を軸に組み立てる形にした。芝のコース・距離という条件と直近の戦歴から選んだ。

で、初心者なので各メディアだったり新聞上での情報で 「クラシック戦線を占うレース」 という表現がされていてこれは一体なんなのかというのがわからなかったので調べてみたところ

"3歳馬の最も重要なレース(クラシックレース)に向かう流れ全体を指す言葉" とのことだった。
クラシックレースとは

  • 皐月賞(4月)
  • 東京優駿(日本ダービー)(5月)
  • 菊花賞(10月)

の3つのレースでこのレースを目標にする3歳の馬の争いを「クラシック戦線」と称するとのこと。なるほど。この弥生賞は上位馬に 皐月賞の優先出走権が与えられてるということで大事なレースであるというであるということがわかった。学びだ。

予想と結果

ワイド

  • ⭕️ 4 ライヒスアドラー - 6 アドマイヤクワッズ
  • ⭕️ 4 ライヒスアドラー - 8 バステール
  • ❌️ 4 ライヒスアドラー - 5 タイダルロック
  • ❌️ 1 ステラスペース - 4 ライヒスアドラー

枠連

  • ⭕️ 4枠 - 7枠

ということで結果4.6倍くらいで着地。

徒然日記 – 2026年3月7日

朝散歩4.4Km、普段と違って少し長い距離を歩く。気温10℃で湿度も65%くらいで最高の散歩日和だった。天気も良くて特に何を考えるでもなくひたすら歩いた。
行き先にあるミスタードーナッツで朝ごはんを食べる。ドーナッツ2個と飲み放題のカフェオレを頼んで持ってきたKindleで本を読む。荒木俊哉の「聞き出せる人が、うまくいく。 (単行本)」、著者はコピーライターでこの職業において一番重要なのは「書く」ことではなく「聞く」ことだとして5章立てでまとめられている。AI全盛においてむしろこの能力一層必要になるのではと思っていたところもあったので興味深く読み進めた。
そのまま日用品等々を買うために移動してそこから帰宅するときも歩くことにして2.6Kmくらい歩いた。結果、1日で7Kmくらい歩いたことになってしっかり歩けたな感ある。

河川敷をランニングする人が写っている写真

河川敷、ランニングする人が多かった

徒然日記 – 2026年3月6日

朝散歩は2.4km。気温は3度。まだ空気はひんやりしているけれど、冬のそれとは少し違って、どこかに春の気配が混ざっているような朝だった。桜の木を毎日見ているけど咲く気配はまだ大分遠そう。

まったく普段気づいていなかったのだけど通勤の電車に乗っていると窓の外に幼稚園か保育園の園庭が見えた。ちょうどソメイヨシノではない少し色が濃い園庭の桜が満開で、その木のまわりを子どもたちが走り回って遊んでいた。電車はそのまま通り過ぎてしまうので見えたのはほんの数秒だけだったけれど、その光景を見た瞬間、なんとも穏やかな気持ちになった。春だな。
あと、普段気づいていなかったの本を読んでいたりスマホを操作して手元ばかり見て外を見ていたら気づけたのかも知れないと思うと少しもったいなく過ごしていたなとも思った。

日中は外出してお客様訪問。そのまま出先でお昼ご飯を食べることにして、鳥カツ丼を注文した。名古屋コーチンを扱っているお店で「唐揚げ定食」「親子丼」「鳥カツ丼」という選択肢があって迷いに迷って鳥カツ丼を選択。衣が絶妙。

夜はプロジェクトの打ち上げの会食。社外の方も含めた形であったものの仕事の話もあれば全然関係ない話もあり、いろいろな話題が飛びかっておもしろかった。

鳥カツ丼の写真

これはとても美味しかった鳥カツ丼

1/2 ÷ 1/3の計算ができなかった – 2026年3月5日

1/2 ÷ 1/3の計算の計算ができなかった

子供の頃、とにかく算数が苦手だった。掛け算の九九もなかなか覚えられず、クラスの中でもひときわ覚えるのが遅かった記憶がある1。少なくとも、小学生の間の算数では、まともな点数を取った記憶がほとんどない。

そんな私でも、今でもはっきり覚えている算数の問題がある。

「1/2 ÷ 1/3」。

先日ある本を読んでいるときにふとその記憶がよみがえったので、少し書いてみようと思う。

今見るとごく普通の問題なのだけれど、当時おそらく小学校3年生か4年生だった私にとって、これは完全に理解不能な世界で、当時の私の頭の中にあった「割り算」のイメージは、とても単純だった。例えば、

問題1「リンゴが6個あります。これを3人で分けると、一人いくつでしょうか?」

といったような問題。

つまり、割り算=分配するための計算というイメージが、かなり強く頭の中に染みついていた。だから、割り算の記号を見ると、とにかく「分ける」というイメージが先に立つ。割られる数が整数でも分数でも、そこまではまだイメージができる。

問題は、割る数が分数になった瞬間だった。例えば「1/2 ÷ 2」であれば、頭の中には「半分に割られたリンゴ」が浮かび、それをさらに2人で分けるというイメージができる。なるほど、四分の一になるのだな、となんとなく納得できる。

ところが、 「1/2 ÷ 1/3」となった瞬間に、頭の中のイメージが完全に崩壊する。

3分の1人?
3分の1で分ける?

いったい何をどう分配するのか、まったく想像がつかなかった。
今思えば、私の中の割り算のイメージは、「何かを何人で分ける」というものに強く固定されていたのだと思う。だから「割る数」が人数ではなく量そのものになった瞬間、頭の中のモデルが完全に壊れてしまっていた。結局その頃は意味を理解することはできず、先生から教わったルールだけをなんとか覚えて対応していた。

それが、「分数同士の割り算は、後ろの分数をひっくり返して掛け算にする」というものだ。つまり、 "1/2 ÷ 1/3 = 1/2 × 3/1" という計算方法である。意味はまったく分からない。でも、とにかくそれで計算できる。算数が苦手だった当時の私にとっては、まずはそのルールを頭に入れることで何とかやり過ごしていた記憶がある。

その後、だいぶ時間が経ってから、ようやくこの問題が腑に落ちる瞬間があった。

割られる数を、割る数で何回引けるか

と考えればよいという話を大学生の頃、家庭教師のアルバイトをしていた友達から割り算を教えるときに使っているというのを聞いたときだった。(びっくりするくらい遅いタイミング)

自分の中のイメージとしては、もう少し具体的で、割られる数という一つの塊があって、そこから割る数の分だけ少しずつ崩していく、あるいは取り除いていくような感覚だった。

ピザのようなものを想像してもよいかもしれない。ピザが一枚あって、そこから一定の大きさのピースを何回取れるかを見る。
ただ、分数の大きさは実体としてイメージしづらいので、私の中ではどちらかというと砂の山のイメージのほうがしっくりきていた。砂の山があって、そこから手で少しずつ掬っていく。そのとき、どれくらいの回数掬えるのかを見る。

そんなイメージだ。つまり「1/2 ÷ 1/3」というのは、「1/2という量の中から、1/3という量を何回取り出せるか」ということになる。

そう考えたとき、長いこと引っかかっていた分数の割り算が、ようやく自分の言葉で説明できるようになった気がした。理解としては、かなり遅かったと思う。ただ、この経験を振り返ってみると、一つ思うことがある。昔、さっぱり分からなかったことでも、年を重ねて、ある瞬間にふっと理解できることがあるということだ。長いあいだ結びつかなかったものが、ある日突然きれいにつながる瞬間がある。

だから、もし今、算数や数学が苦手だと感じている人がいたとしても、それは必ずしもその人の能力の問題ではないのかもしれない。たまたまそのときの教え方や説明の仕方が、自分の頭の中のイメージと噛み合わなかっただけ、ということも十分あり得る。少し違う視点から説明を聞いたり、別の例えに出会ったり、あるいは時間が経ったりすると、それまで理解できなかったことが驚くほどあっさり腑に落ちることもある。

少なくとも、私にとっての「1/2 ÷ 1/3」は、まさにそういう出来事だった。

ちなみに、この理解はあとになって別のところでもつながることになる。コンピューターの仕組み(デジタル回路での演算の仕方)を学んだときだ。

  • 引き算は補数を使えば足し算で計算できる。
  • 掛け算は足し算の繰り返し。
  • 割り算は引き算の繰り返し。

つまり突き詰めていくと、"四則演算はすべて足し算" に帰着できる。

今となっては当たり前の話なのだけれど、このことに気づいたとき、子供の頃に苦労した算数の記憶とどこかでつながったような気がした。遠回りではあったけれど、昔わからなかったことが、時間を経て自分の中でつながることがある。

こんなことを以下の本を読んで思い出した。
点Pは動いてほしくなかったし、分数の割り算は意味不明と思っていた元エンジニアの思い出でした。

  1. おそらくトップクラスで覚えるのが遅かった。覚えた九九の段をクラスの後ろの掲示板に張り出されていたのだが、私は一向に埋まらなかった[]

幸せのいきち(閾値) – 2026年3月4日

時々、人と「幸せのいきち(閾値)」という話をすることがある。過去にもこのブログにも類似のことを言及したことがあるし私と話をしたことがある人はもしかすると似たトピックで話をすることがあるかもしれない。

ここで言う「いきち(閾値)」は、いわゆるハードルのようなものだ。技術用語で反応や判定の境目となる限界値のことで自分はこれを何かしら状況が変わる、あるいは自分の中で意味を持つというボーダーラインの意で使っている。この閾値はできるだけ低く設定しておくといいと思っていたほうがよいと思っているのが私の持論。

たとえば、私は毎朝寝起き直後に散歩をしている。その散歩の中で外に出た瞬間に「あ、今日は天気がいいな」と思えたり、「桜が咲き始めているな」と気づいたり、「今日は信号にあまり引っかからずに歩けたな」と感じたりする。そんな些細なことでも、自分の中の「幸せのいきち(閾値)」を超える出来事にしておく。もちろん、それは飛び上がるような喜びではない。でも、「あ、今日も朝からいいことがあったな」と思える1

いろいろな情報がとても速いスピードで自分の周りを流れていく時代になって、その量もおそらく指数関数的に増え続けている。そういう環境にいると本当なら「よかったな」と思えたはずの小さな出来事や「嬉しい」と感じられたはずの瞬間をそのまま見逃してしまうことも多いのではないかと思う。

冒頭の私があげた本当にささやかな幸せな出来事以外にも、たとえば、とてもシンプルな課題を解決できたとき。予定していた時間より少し早く終わったとか、計画していた量を少し上回ったとか。難しい課題を乗り越えたときには自然と「やってよかった」と思える。でも、そこまでではない小さな出来事でも、「あ、これもよかったな」と思えるようにしておく。

世の中の情報の流れや時間の流れは、おそらくこれからも速くなる一方、ゆっくりになることはないからこそ、どんな小さなことでも「出会えてよかった」と思えるようにしておくことは、今の時代を生きるうえで意外と大事なことなのかもしれない。

もしかすると、私たちより前の時代を生きていた先人たちの中にも同じようなことを考えた人がいたのかもしれない。

...と、そのあと少し気になって調べてみたのだが、実は似たような考え方は昔からいろいろな形で語られているらしい。たとえば古代のストア哲学では「幸福は外側の出来事ではなく、それをどう受け取り方にある」という考え方があるという。

人を不幸にするのは、物事そのものではなく、それについての考え方である。
エピクテトス(Epictetus, 紀元50年頃–135年頃)

あとは、快楽主義2として、

自然で必要な欲望は簡単に満たせる。それを知る人は幸福である。

というのもあった。

また、文化の違いという観点では、日本は世界的に見ても「幸せの基準を上げやすい社会」と言われることもあるらしい。周囲との比較を無意識にしやすい文化であったり、謙遜や自己改善を重んじる価値観があったりするため、満足のラインが少しずつ上がってしまいやすいのだそうだ。そう考えると、意識的に「幸せのいきち」を低くしておくというのは、もしかすると自分なりの小さなバランスの取り方なのかもしれない。

そんなことを思いながら、また明日も散歩に出ようと思う。
たぶん明日も、どこかで自分の「幸せのいきち」を小さく超える瞬間がある気がしている。

  1. それ以外にも例えば牛丼屋に行ってものすごくいい塩梅の味の染み方をした牛丼に出会えると嬉しくなったりする。[]
  2. 肉体的な享楽ではなく、心の平静を重視する考え方[]