幸せのいきち(閾値) – 2026年3月4日

時々、人と「幸せのいきち(閾値)」という話をすることがある。過去にもこのブログにも類似のことを言及したことがあるし私と話をしたことがある人はもしかすると似たトピックで話をすることがあるかもしれない。

ここで言う「いきち(閾値)」は、いわゆるハードルのようなものだ。技術用語で反応や判定の境目となる限界値のことで自分はこれを何かしら状況が変わる、あるいは自分の中で意味を持つというボーダーラインの意で使っている。この閾値はできるだけ低く設定しておくといいと思っていたほうがよいと思っているのが私の持論。

たとえば、私は毎朝寝起き直後に散歩をしている。その散歩の中で外に出た瞬間に「あ、今日は天気がいいな」と思えたり、「桜が咲き始めているな」と気づいたり、「今日は信号にあまり引っかからずに歩けたな」と感じたりする。そんな些細なことでも、自分の中の「幸せのいきち(閾値)」を超える出来事にしておく。もちろん、それは飛び上がるような喜びではない。でも、「あ、今日も朝からいいことがあったな」と思える1

いろいろな情報がとても速いスピードで自分の周りを流れていく時代になって、その量もおそらく指数関数的に増え続けている。そういう環境にいると本当なら「よかったな」と思えたはずの小さな出来事や「嬉しい」と感じられたはずの瞬間をそのまま見逃してしまうことも多いのではないかと思う。

冒頭の私があげた本当にささやかな幸せな出来事以外にも、たとえば、とてもシンプルな課題を解決できたとき。予定していた時間より少し早く終わったとか、計画していた量を少し上回ったとか。難しい課題を乗り越えたときには自然と「やってよかった」と思える。でも、そこまでではない小さな出来事でも、「あ、これもよかったな」と思えるようにしておく。

世の中の情報の流れや時間の流れは、おそらくこれからも速くなる一方、ゆっくりになることはないからこそ、どんな小さなことでも「出会えてよかった」と思えるようにしておくことは、今の時代を生きるうえで意外と大事なことなのかもしれない。

もしかすると、私たちより前の時代を生きていた先人たちの中にも同じようなことを考えた人がいたのかもしれない。

...と、そのあと少し気になって調べてみたのだが、実は似たような考え方は昔からいろいろな形で語られているらしい。たとえば古代のストア哲学では「幸福は外側の出来事ではなく、それをどう受け取り方にある」という考え方があるという。

人を不幸にするのは、物事そのものではなく、それについての考え方である。
エピクテトス(Epictetus, 紀元50年頃–135年頃)

あとは、快楽主義2として、

自然で必要な欲望は簡単に満たせる。それを知る人は幸福である。

というのもあった。

また、文化の違いという観点では、日本は世界的に見ても「幸せの基準を上げやすい社会」と言われることもあるらしい。周囲との比較を無意識にしやすい文化であったり、謙遜や自己改善を重んじる価値観があったりするため、満足のラインが少しずつ上がってしまいやすいのだそうだ。そう考えると、意識的に「幸せのいきち」を低くしておくというのは、もしかすると自分なりの小さなバランスの取り方なのかもしれない。

そんなことを思いながら、また明日も散歩に出ようと思う。
たぶん明日も、どこかで自分の「幸せのいきち」を小さく超える瞬間がある気がしている。

  1. それ以外にも例えば牛丼屋に行ってものすごくいい塩梅の味の染み方をした牛丼に出会えると嬉しくなったりする。[]
  2. 肉体的な享楽ではなく、心の平静を重視する考え方[]

徒然日記 – 2026年3月3日

年齢を重ねるといいことってあるよね、という話を先日同僚としていた。

自分も40代半ばを過ぎ、周りから見るといわゆる「中堅」と呼ばれる年齢になっているらしい。ただ、当の本人にはそこまでの自覚はなく、日々を淡々と過ごしているというのが正直なところだ。
一方で、周りから見るとそれなりに年齢を重ねた人間でもあるので、これまでの経験の差から、何か意見を求められたり、少し先の立場から話をすることもある。

そういう場面でよく耳にするのが、

「年齢重ねるといいことなんてない」
「考えなきゃいけないことが増える」
「体調も悪くなりがち」

といった、どちらかというとネガティブな話だ。

自分もこれまで同じような話をずっと聞いてきたので、そういうものなのだろうと当たり前のように受け止めていた。ただ、少し立ち止まって考えてみると、いずれ自分と同じ年齢になるであろう周りの仲間たちに対して、「その先にはこういう未来があるよ」と示すのは、あまり幸せな姿ではないなと思うようになった。

確かに年齢を重ねると、体の変化もあるし、責任や考えることも増える。ついそういう部分に目が行きがちだ。
でもよく考えてみると、年齢を重ねることで得られるものも確実にある。
経験を重ねることで、物事を少し客観的に見られるようになったり、判断の拠り所になる経験則が増えたり、新しいことを考えるときの足がかりができたりする。そういう積み重ねは、決してネガティブなことではない。それに最近、自分の中で変化を感じるのは、少し俯瞰した視点が生まれてきたことだ。例えば、同僚たちが楽しそうに過ごしているのをしている姿を見て、なんとなく嬉しくなることがある。自分が若かった頃には、あまり持っていなかった感覚かもしれない。

こういう視点が持てるようになったのは、年を取って悪くないなと思えるところだ。
どうせいずれは誰もが同じように年齢を重ねていく。だからこそ、「年を取るのは嫌なことばかりだ」という未来ではなく、

「ああ、こういう感じで日々を過ごせるなら悪くないな」

と思ってもらえるような大人でいたい。
成人してからもう20年以上が過ぎたけれど、そんな姿に少しでも近づけたらいいなと思う。いまさらながら。

徒然日記 – 2026年3月2日

会議体が多い日。あと昨日睡眠失敗してしまったので疲れが取れない。
仕事終わりに同僚ともんじゃ焼きを食べに行って楽しく過ごして回復。

帰り道渋谷駅からスクランブル交差点方面の写真を撮った。時々この位置から写真とっているのだけれども少しずつ風景変わる。

渋谷駅からスクランブル交差点方面を望む(京王井の頭線駅改札側から)

渋谷駅から見える景色、何度みても自分の中でリアリティが芽生えない

2026年2月に読んだ本を振り返る

2026年2月は5冊。

冊数があまりよめなかったのは電車の中でポッドキャストやNewspicksの動画を見てしまっていたところが原因な気がする。ポッドキャスト聞きながらであれば本を読めるだろうという人もいると思うのだけれども、自分はどうしてもそれができない。会話に気が取られてしまって文字を進むスピードが極端に落ちてしまうのだ。

今月のおすすめの一冊

「人が動かないのは能力不足ではなく、動ける環境設計がされていないだけ」という視点から始まり、マネージャーの仕事をかなり実務的に言語化してくれる本。権力やカリスマ性がないのに、なぜか周囲が協力的になり顧客も自然に継続を望む世界が存在し、その中心にあるのがGiver(与える人)というスタンスで、単に精神論ではなく「利他という武器」だと位置づけられていた。損得を超えてまず与える。ただし「与えておしまい」ではなく、相手の内発的な行動を引き出し、相手もまたGiverになっていく連鎖を生むメカニズムが結果としてチームの空気が変えるのだと腹落ちした。

特に著者が「マネージャーの仕事は先回りして道を掃除すること」と表現していた点には共感がとてもあって、誰かを叱咤して走らせる前につまずく石や不機嫌の火種を拾い、メンバーが「ご機嫌に集中できる状態」を用意することと定義していて、これは優しさというよりパフォーマンスの前提条件を整える行動デザインであり、リーダーの責務だと再確認させられた。そしてここからAI前提の世界における話にシフトしていき、本書ではAI時代にこの役割が重くなるとしていた。
定型業務がAIに寄っていくほど、人間に残る価値は「人とうまくやっていく」こと、そして組織の構造変化の中で「経営と現場をつなぐ力」を発揮することが必要となり、マネージャーはミッション・ビジョンを本質的に理解し、現場に翻訳して伝え、現場の声を経営へ返し、その結果をまた現場へ循環させる。そこで必要なのは命令で動かす力ではなく、「この人のもとで働きたい」と思わせて人を惹きつける力だ、という指摘には強く同意。

Giverはまず自分から動き、相手がハッピーになるものを渡す。すると相手も動き出し、幸福度が相互に上がっていく。結局「動く→褒める→次にまた動く」のループを最初に回すのがリーダーの仕事で、その最小単位は挨拶やお礼、情報共有といった小さなGiveにある、というのも現実的です。トラブル時に "Why ではなく "What で問う、誰が悪いではなく何が起きた・何を手伝えるかに集中する、といった具体の作法も、道を掃除する思想の延長線としてつながって見えた。

読後に残ったのは、Giverとは「いい人」の称号ではなく、チームが自走する確率を上げるための設計思想だということ。そしてAIが進むほど管理職の価値は「成果を出す」ももちろんだが、より「人が成果を出せる状態を作り続ける」へ寄っていく、という確信した。

今月の読書記録

プリンシプルのない日本 (新潮文庫)

プリンシプルのない日本 (新潮文庫)

著者: 白洲次郎 / ジャンル: 本 / 発売日: 2006年5月30日

Amazon.co.jpで購入

登録日: 2026年2月28日 / 読み終わった日: 2026年2月28日

80歳、不良老人です。

80歳、不良老人です。

著者: 太田和彦 / ジャンル: 本 / 発売日: 2024年12月20日

Amazon.co.jpで購入

登録日: 2026年2月22日 / 読み終わった日: 2026年2月25日

片手間PR術 取材が絶えない「商店街の小さなたいやき屋」の広報戦略

片手間PR術 取材が絶えない「商店街の小さなたいやき屋」の広報戦略

著者: 辻井啓作 / ジャンル: 本 / 発売日: 2025年12月9日

Amazon.co.jpで購入

登録日: 2026年2月22日 / 読み終わった日: 2026年2月22日

日本経済AI成長戦略

日本経済AI成長戦略

著者: 冨山和彦 / ジャンル: 本 / 発売日: 2026年1月23日

Amazon.co.jpで購入

登録日: 2026年2月14日 / 読み終わった日: 2026年2月14日

The Giver 人を動かす方程式

The Giver 人を動かす方程式

著者: 澤円 / ジャンル: 本 / 発売日: 2026年1月15日

Amazon.co.jpで購入

登録日: 2026年2月7日 / 読み終わった日: 2026年2月7日

2026年の読書記録

梅を見に行く – 2026年2月28日

喉が完全に壊れてしまった感があるので静かに朝散歩 (普段と変わらない)。
梅がそろそろピークになりそうな感じだったので少しいつもより足を伸ばして鑑賞と散歩を兼ねて出歩いてきた。梅以外にも福寿草だったりスイセンだったりも同様にピークは少し過ぎているんだけど綺麗に咲いていた。

白梅

白梅

紅梅

紅梅

蝋梅

蝋梅

福寿草

今日の一枚 – 2026年2月27日

「イーコマースフェア 東京 2026」という展示会が開催されたのでブース出展を昨日からしていて本日は会場へ。久しぶりの東京ビッグサイトだった。

2026年2月27日に撮影した東京ビッグサイトの写真

東京ビッグサイト

白洲次郎「プリンシプルのない日本」読了 – 2026年2月26日

プリンシプルのない日本 (新潮文庫)」読了。

以下、マークアップした部分を中心に読後メモ。

読後メモ

「プリンシプル」とは、綺麗事ではなく“腹の据わり方”

  • 人を好きになる理由が「単純で正常」だというくだりが良い。価値判断がブレない人は、好悪も決断も迷いが少ない。そしてその“感覚”に合理性が伴うから周囲も納得させられる。逆に言うと、理屈が後付けでコロコロ変わる人は、何を言っても軽くなる。「信念」は声の大きさじゃなくて一貫性。

引用しない・人真似しない = 「自分の言葉で責任を取る」姿勢

  • 有名人の言葉を借りない、聴衆受けを狙わず自説を述べる、というのは“炎上しない言い方”とは真逆。でもその中に、皆が見落としている真実が紛れていることがある。
  • 英国人は淀みなく喋る雄弁さに反射的に疑うという。上手さ・流暢さ・スマートさが、必ずしも信用に直結しない世界がある。

民主主義は制度より“ふるまい”から始まる

  • お茶を出してもらったら「ありがとう」。当たり前のことを当たり前に言うのが気持ちいい、という話が強い。民主教育って、投票行動の前に日常の礼節と対等さの体験。身分に関係なく人間的な尊敬を払う、という英国の空気の描写も同じ線上にある。制度輸入より先に、文化として根づく「相互の尊敬」がいる。

「腹芸」の政治への拒否感:国民が知りたいのは "思想信念"

  • 政治は「ハラ」だと得意げに言っているうちに、再建が遅れ、妙な取引が横行する。国民は政治家の腹の内に興味があるのではなく、何を正しいと信じているか(思想信念)を知りたいだけであり、ここを曖昧にすると、言葉が責任を持たない。
  • さらに「評判がよくなりたい」八方美人の指導者批判。好かれる努力が国家の意思決定を鈍らせる、という構図が存在する。

イデオロギーを“暗記”している人への嫌悪

  • イデオロギーは本来、自分の思想が出発点のはずなのに、日本の政治家は本や人の話を鵜呑みにして暗記してしまう。「自分の言葉がない」=プリンシプルがない。だから、情勢が変わると "方針" も "正義" も簡単に変わる。これは政治に限らない。組織でも借り物のスローガンが乱立すると、意思決定の背骨がなくなる。

現実直視と責任感:嫌なことから逃げた瞬間に詰む

  • コメが凶作の不足分を手配していれば…という話は、危機管理の本質が「事後の弁明」ではなく「事前の手当て」にあることを突きつける。政治があるかないかは、こういう所に出る。"難局は容易に乗り切れない。事実は事実として勇気を持って直視直面せよ" この姿勢が一貫している。そして「この国を破産状態に陥れたのも我々の時代だ」「子孫に引き継ぐ責任」という言葉。「逃げずに背負う」という点で美学というより倫理。

国際関係も個人関係も、長続きの条件は「腹を割って話すこと」

  • 永続きする友情は、遠慮なく腹を打ち開けること——ここは対人にも交渉にもそのまま使える。
  • 「弱い奴が強い奴に抑え付けられるのは世の常」と現実を認めた上で、それでも言うべきことを正しく堂々と言え、というメッセージが熱い。言い分が通らないなら、その悔しさを忘れるな。力が足らないからだ。力をつくれ。「悔しさの保管」が、次の行動の燃料になる。

母の死に際しての記述

  • この本において全体的に国や政治に強い筆致の中で、母の死の章が急に個人の弱さを露わにする。「つっかい棒が消えた」「張り合いがなくなった」「後悔のみ」。喪失に負けている記録。この真空地帯は永久に埋まらない、と言い切る潔さもまたプリンシプルっぽい。慰めのための嘘を言わない。

白洲次郎の言う「プリンシプル」は、正論の飾りではなく“自分の言葉で責任を取る背骨”。
空気・評判・腹芸に流されるほど、国も組織も判断を誤り、後始末は次世代に回る。嫌な現実を直視し、言うべきことを言い、力をつける。一点の気魄。

徒然日記 – 2026年2月25日

朝から雨のため久しぶりに朝散歩はお休み。日中は準備していた会議体が開催されたので参加で一日が終了。終日雨が降り続けていた。

こんなに雨が降ったのが久しぶりな気がするなと思って調べてみたら東京では10m以上降ったのが2025年11月9日以来1ということで3ヶ月ぶりくらの雨だったようだ。街全体に潤った感があった。

  1. https://weathernews.jp/news/202602/100046/ []

徒然日記 – 2026年2月24日

朝散歩2.4Km、天気は曇りで気温は9度くらい。冬の朝という感じでは段々なくなってきたなとは思ったけどもう3月が終わる時期なのでこういうものか。
昨日が祝日だったので、週の最初の仕事始めのタイミングなので神社巡るコース。最近風が強い日が時々あるせいか木の枝がたくさん落ちていた。拾えそうなのを隅に投げておく。

明日あるミーティングの準備等々で頭を使い続けて一日が終わる。
体調が相変わらずイマイチの状態が続いているので辛い。

徒然日記 – 2026年2月23日

移動だったり休憩中だったりに読んでいた太田和彦先生1の「80歳、不良老人です。」読了。

日本一の居酒屋と呼ばれる島根県の「田吾作」が1章に渡って紹介されていた。いつかいけると思うとずっといけない気がするので今年中にいってみたい。

  1. ふらり旅 新・居酒屋百選の影響か自分は先生と言ってしまう[]