万物の事象には理由がある

仕事中に時々話してる話で今日もちょうど話題に出てきて折角なのでメモに残しておく。

「万物の事象には理由がある」と常々思っていて、例えば氷は温めれば水になる。水を沸かせばお湯になる。お湯を沸かし続ければ水蒸気になるといった事象がある場合、熱エネルギーから始まればこれらの事象について説明できる*1。こういった物理現象だけではなくて、たとえば仕事におけるやりとりであったり日常のコミュニケーションについても同じことが言えるのではないでしょうか。という話。

例えば、

  • 「牛乳を買ってきて」と家の人に頼まれた。牛乳が必要なのに家の冷蔵庫に無いから補充したい。でも、自身が動けないのだから頼まれたのだろう。
  • 「電車の車内ではマナーモードにしてください」と車掌がアナウンスした。携帯電話の着信音で車内トラブルが起きたのだろう、あるいは不快に思った人が駅に苦情を伝えたのだろう。だから、未然に防ぐために呼びかけているのだろう。

といった具合。なるほど、落ち着いて考えれば理由は必ずある。

この落ち着いて考えるという行為を省略したとき、モヤモヤすることが多い気がする。シチュエーション問わずいろいろ思い浮かべてみる。

  • なんでこんなところにゴミを捨てる人がいるんだろう
  • なんで指示を出す人(あるいは指示を受ける人)はこんなことを言うのだろう
  • なんでこんな面倒くさい手続きを求めてくるのだろう
  • なんで誰も私の意見をわかってもらえないだろう

といった具合。大なり小なり日々生活していると出てくるモヤモヤ感。

そんなとき、一瞬でも自分の中でもやもやすることが生じたときに「必ず理由はある」と思う様にしていて、一旦立ち止まって考えてみる様にする。そうすると、

  • 身近にゴミ箱が無いからだ
  • 別の仕事と関連していてそちらも踏まえて指示が出ているからだ
  • 自分たちのフォーマットと違う形でやりとりをしている組織が別にあるからそちらに併せたからだ
  • 自分の説明届いていないかもしれない

といくつか仮説が思い浮かぶことが多い。

次にその仮説を更に仮に周りの人10人へ仮に伝えたときに7,8人が賛成してくれるかを考えてみる*2。賛成してくれる人が多いならその仮説に基づいて次を考える。
単純にもやもやしているだけなら、自分の中で納得する。

自分にボールがあって行動を移すところなのであれば、その行動に移す。あるいは、仮説に基づいて別の行動にできるかを考えてみる。結果それは改善することになっている。逆にその仮説に賛同してくれる人がいないなら、別の仮説を考えてみる。自分で思いつかなかったら素朴に周りの人に聞いてみる。

これを繰り返していくと、大抵のことは納得しながら日々を過ごせていくのではないかなと思う今日このごろ。

*1:もっとも自分は物理は苦手だったけど、調べながらであればどんな人でも必ず説明はできるはず。。

*2:具体的に書くと頭の中に10人、友達や同僚を浮かべて頭の中で相談してみること

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