雑談

同じ匂いの正体は経験の圧縮かもしれない – 2026年3月21日

「同じ匂いがする」と思うことがある。

ここで言う匂いは、もちろん嗅覚的な意味ではない。初めて会う人や、これから取り組もうとしている仕事、あるいは何かを買おうとした瞬間にふと立ち上がる、あの感覚のことだ。
「なんとなく良さそうだな」と思った直後に、「いや、少し気になるな」と引っかかることもあるし、逆に「これ、前にも見たことがあるな」と自然と手が伸びることもある。その正体を、これまであまり深く考えたことはなかったのだけれど、改めて言葉にしてみると、これはおそらく「経験の圧縮」なのだと思う。

本来であれば何かを判断するためには、いくつかのプロセスを踏む必要がある。

過去の似た事例を思い出し、何が起きたのかを分解し今の状況と照らし合わせて、リスクや期待値を考える。ただ、日常の中でそんなことをいちいちやっている余裕はない。だから人はそれらをまとめて一つの感覚に圧縮しているのだと思う。

自分の場合、それが「匂い」という形で立ち上がる。成功体験や失敗体験、そのときの空気感や感情、言葉にしきれない違和感のようなものまで含めて、すべてが一つに圧縮されている。だからこそ論理では説明しきれない精度を持つことがあるし逆に言語化が難しい。

一方で、この「匂い」は万能ではない。
圧縮されているがゆえに前提が変わるとズレることがある。過去と似ているように見えても実は本質的には違うケースもあるし、新しい挑戦ほど過去のパターンには収まらないことが多い。だから、この感覚に従いすぎると変化の芽を摘んでしまうこともある。

ここで面白いのが「違和感」の存在だ。
匂いを感じたときに、それをそのまま採用するのではなく、どこかで一度立ち止まる感覚がある。この違和感は、単に慎重さの表れというよりも、

「その圧縮された経験が、今の状況に本当に当てはまっているのか?」

を問い直しているようにも思える。
言い換えると匂いが“経験の圧縮された判断”だとすれば違和感は 「その圧縮がズレていないかを検知するセンサー」 なのかもしれない。

時間という軸は、いかなる技術をもってしても縮めることはできない。自分がこれまで過ごしてきた時間の中で得た経験は、それ自体が一つの優位性であるとも言える。一方でその時間を振りかざして「だからこうだ」と決めてしまうのはどこか違う気もしている。

だからこそ自分の中では経験に基づいた「匂い」を感じながらも、それをそのまま採用せず 「違和感」 で一度立ち止まるというプロセスが自然と出来上がっているのかもしれない。

「同じ匂いがする」と思ったとき。
それは単なる直感ではなく、これまでの時間が圧縮された結果であり、同時に、その圧縮を更新しようとする動きの入り口でもあって、そう考えると、この曖昧な感覚も、少しだけ扱いやすくなる気がしている。

と、散歩しながら考えた。

徒然日記 – 2026年3月20日

来週の経営合宿に備えて頭の中整理したり資料見直したりしていたのと、東京は朝から小雨が続いていたため朝からしばらく部屋に籠もっていた。
15時過ぎたあたりで歩けそうだったので、外に出て小一時間散歩。頭の中も整理できたし、何より今は桜が咲いているので歩いていても楽しい。少し肌寒かったけれども。

桜の蕾のモノクロ写真(2026年3月20日撮影)

まだ蕾のものも多い

雨上がりの桜の花の写真

雨上がりの咲いた桜も綺麗だった

徒然日記 – 2026年3月17日

朝散歩2.7Km、気温7℃で曇り空。ここのところの散歩中の楽しみは桜の木を見ながらいつ開花するかなを観察することなのだけれどもまだ咲いているものは見つからなかった。

もう一息な感じはあるのだけど。

徒然日記 – 2026年3月14日

昨日、痛飲してしまい軽く二日酔いの状況なのだけれども午前中に対応しなければいけない用事があったため強制的に起床。
用事を済ませたあとに散歩4.1Km、気温13度の中だったので春用のコートと長袖のTシャツがちょうどいい気候だった。

徒然日記 – 2026年3月11日

東日本大震災から15年。

15年前の当時を思い出して振り返ったけれども自分の人生の中でも大きな転機だった気がしていて今のこの時点まで自分が生活ができていることに本当に感謝しかない。

徒然日記 – 2026年3月7日

朝散歩4.4Km、普段と違って少し長い距離を歩く。気温10℃で湿度も65%くらいで最高の散歩日和だった。天気も良くて特に何を考えるでもなくひたすら歩いた。
行き先にあるミスタードーナッツで朝ごはんを食べる。ドーナッツ2個と飲み放題のカフェオレを頼んで持ってきたKindleで本を読む。荒木俊哉の「聞き出せる人が、うまくいく。 (単行本)」、著者はコピーライターでこの職業において一番重要なのは「書く」ことではなく「聞く」ことだとして5章立てでまとめられている。AI全盛においてむしろこの能力一層必要になるのではと思っていたところもあったので興味深く読み進めた。
そのまま日用品等々を買うために移動してそこから帰宅するときも歩くことにして2.6Kmくらい歩いた。結果、1日で7Kmくらい歩いたことになってしっかり歩けたな感ある。

河川敷をランニングする人が写っている写真

河川敷、ランニングする人が多かった

徒然日記 – 2026年3月6日

朝散歩は2.4km。気温は3度。まだ空気はひんやりしているけれど、冬のそれとは少し違って、どこかに春の気配が混ざっているような朝だった。桜の木を毎日見ているけど咲く気配はまだ大分遠そう。

まったく普段気づいていなかったのだけど通勤の電車に乗っていると窓の外に幼稚園か保育園の園庭が見えた。ちょうどソメイヨシノではない少し色が濃い園庭の桜が満開で、その木のまわりを子どもたちが走り回って遊んでいた。電車はそのまま通り過ぎてしまうので見えたのはほんの数秒だけだったけれど、その光景を見た瞬間、なんとも穏やかな気持ちになった。春だな。
あと、普段気づいていなかったの本を読んでいたりスマホを操作して手元ばかり見て外を見ていたら気づけたのかも知れないと思うと少しもったいなく過ごしていたなとも思った。

日中は外出してお客様訪問。そのまま出先でお昼ご飯を食べることにして、鳥カツ丼を注文した。名古屋コーチンを扱っているお店で「唐揚げ定食」「親子丼」「鳥カツ丼」という選択肢があって迷いに迷って鳥カツ丼を選択。衣が絶妙。

夜はプロジェクトの打ち上げの会食。社外の方も含めた形であったものの仕事の話もあれば全然関係ない話もあり、いろいろな話題が飛びかっておもしろかった。

鳥カツ丼の写真

これはとても美味しかった鳥カツ丼

1/2 ÷ 1/3の計算ができなかった – 2026年3月5日

1/2 ÷ 1/3の計算の計算ができなかった

子供の頃、とにかく算数が苦手だった。掛け算の九九もなかなか覚えられず、クラスの中でもひときわ覚えるのが遅かった記憶がある1。少なくとも、小学生の間の算数では、まともな点数を取った記憶がほとんどない。

そんな私でも、今でもはっきり覚えている算数の問題がある。

「1/2 ÷ 1/3」。

先日ある本を読んでいるときにふとその記憶がよみがえったので、少し書いてみようと思う。

今見るとごく普通の問題なのだけれど、当時おそらく小学校3年生か4年生だった私にとって、これは完全に理解不能な世界で、当時の私の頭の中にあった「割り算」のイメージは、とても単純だった。例えば、

問題1「リンゴが6個あります。これを3人で分けると、一人いくつでしょうか?」

といったような問題。

つまり、割り算=分配するための計算というイメージが、かなり強く頭の中に染みついていた。だから、割り算の記号を見ると、とにかく「分ける」というイメージが先に立つ。割られる数が整数でも分数でも、そこまではまだイメージができる。

問題は、割る数が分数になった瞬間だった。例えば「1/2 ÷ 2」であれば、頭の中には「半分に割られたリンゴ」が浮かび、それをさらに2人で分けるというイメージができる。なるほど、四分の一になるのだな、となんとなく納得できる。

ところが、 「1/2 ÷ 1/3」となった瞬間に、頭の中のイメージが完全に崩壊する。

3分の1人?
3分の1で分ける?

いったい何をどう分配するのか、まったく想像がつかなかった。
今思えば、私の中の割り算のイメージは、「何かを何人で分ける」というものに強く固定されていたのだと思う。だから「割る数」が人数ではなく量そのものになった瞬間、頭の中のモデルが完全に壊れてしまっていた。結局その頃は意味を理解することはできず、先生から教わったルールだけをなんとか覚えて対応していた。

それが、「分数同士の割り算は、後ろの分数をひっくり返して掛け算にする」というものだ。つまり、 "1/2 ÷ 1/3 = 1/2 × 3/1" という計算方法である。意味はまったく分からない。でも、とにかくそれで計算できる。算数が苦手だった当時の私にとっては、まずはそのルールを頭に入れることで何とかやり過ごしていた記憶がある。

その後、だいぶ時間が経ってから、ようやくこの問題が腑に落ちる瞬間があった。

割られる数を、割る数で何回引けるか

と考えればよいという話を大学生の頃、家庭教師のアルバイトをしていた友達から割り算を教えるときに使っているというのを聞いたときだった。(びっくりするくらい遅いタイミング)

自分の中のイメージとしては、もう少し具体的で、割られる数という一つの塊があって、そこから割る数の分だけ少しずつ崩していく、あるいは取り除いていくような感覚だった。

ピザのようなものを想像してもよいかもしれない。ピザが一枚あって、そこから一定の大きさのピースを何回取れるかを見る。
ただ、分数の大きさは実体としてイメージしづらいので、私の中ではどちらかというと砂の山のイメージのほうがしっくりきていた。砂の山があって、そこから手で少しずつ掬っていく。そのとき、どれくらいの回数掬えるのかを見る。

そんなイメージだ。つまり「1/2 ÷ 1/3」というのは、「1/2という量の中から、1/3という量を何回取り出せるか」ということになる。

そう考えたとき、長いこと引っかかっていた分数の割り算が、ようやく自分の言葉で説明できるようになった気がした。理解としては、かなり遅かったと思う。ただ、この経験を振り返ってみると、一つ思うことがある。昔、さっぱり分からなかったことでも、年を重ねて、ある瞬間にふっと理解できることがあるということだ。長いあいだ結びつかなかったものが、ある日突然きれいにつながる瞬間がある。

だから、もし今、算数や数学が苦手だと感じている人がいたとしても、それは必ずしもその人の能力の問題ではないのかもしれない。たまたまそのときの教え方や説明の仕方が、自分の頭の中のイメージと噛み合わなかっただけ、ということも十分あり得る。少し違う視点から説明を聞いたり、別の例えに出会ったり、あるいは時間が経ったりすると、それまで理解できなかったことが驚くほどあっさり腑に落ちることもある。

少なくとも、私にとっての「1/2 ÷ 1/3」は、まさにそういう出来事だった。

ちなみに、この理解はあとになって別のところでもつながることになる。コンピューターの仕組み(デジタル回路での演算の仕方)を学んだときだ。

  • 引き算は補数を使えば足し算で計算できる。
  • 掛け算は足し算の繰り返し。
  • 割り算は引き算の繰り返し。

つまり突き詰めていくと、"四則演算はすべて足し算" に帰着できる。

今となっては当たり前の話なのだけれど、このことに気づいたとき、子供の頃に苦労した算数の記憶とどこかでつながったような気がした。遠回りではあったけれど、昔わからなかったことが、時間を経て自分の中でつながることがある。

こんなことを以下の本を読んで思い出した。
点Pは動いてほしくなかったし、分数の割り算は意味不明と思っていた元エンジニアの思い出でした。

  1. おそらくトップクラスで覚えるのが遅かった。覚えた九九の段をクラスの後ろの掲示板に張り出されていたのだが、私は一向に埋まらなかった[]

幸せのいきち(閾値) – 2026年3月4日

時々、人と「幸せのいきち(閾値)」という話をすることがある。過去にもこのブログにも類似のことを言及したことがあるし私と話をしたことがある人はもしかすると似たトピックで話をすることがあるかもしれない。

ここで言う「いきち(閾値)」は、いわゆるハードルのようなものだ。技術用語で反応や判定の境目となる限界値のことで自分はこれを何かしら状況が変わる、あるいは自分の中で意味を持つというボーダーラインの意で使っている。この閾値はできるだけ低く設定しておくといいと思っていたほうがよいと思っているのが私の持論。

たとえば、私は毎朝寝起き直後に散歩をしている。その散歩の中で外に出た瞬間に「あ、今日は天気がいいな」と思えたり、「桜が咲き始めているな」と気づいたり、「今日は信号にあまり引っかからずに歩けたな」と感じたりする。そんな些細なことでも、自分の中の「幸せのいきち(閾値)」を超える出来事にしておく。もちろん、それは飛び上がるような喜びではない。でも、「あ、今日も朝からいいことがあったな」と思える1

いろいろな情報がとても速いスピードで自分の周りを流れていく時代になって、その量もおそらく指数関数的に増え続けている。そういう環境にいると本当なら「よかったな」と思えたはずの小さな出来事や「嬉しい」と感じられたはずの瞬間をそのまま見逃してしまうことも多いのではないかと思う。

冒頭の私があげた本当にささやかな幸せな出来事以外にも、たとえば、とてもシンプルな課題を解決できたとき。予定していた時間より少し早く終わったとか、計画していた量を少し上回ったとか。難しい課題を乗り越えたときには自然と「やってよかった」と思える。でも、そこまでではない小さな出来事でも、「あ、これもよかったな」と思えるようにしておく。

世の中の情報の流れや時間の流れは、おそらくこれからも速くなる一方、ゆっくりになることはないからこそ、どんな小さなことでも「出会えてよかった」と思えるようにしておくことは、今の時代を生きるうえで意外と大事なことなのかもしれない。

もしかすると、私たちより前の時代を生きていた先人たちの中にも同じようなことを考えた人がいたのかもしれない。

...と、そのあと少し気になって調べてみたのだが、実は似たような考え方は昔からいろいろな形で語られているらしい。たとえば古代のストア哲学では「幸福は外側の出来事ではなく、それをどう受け取り方にある」という考え方があるという。

人を不幸にするのは、物事そのものではなく、それについての考え方である。
エピクテトス(Epictetus, 紀元50年頃–135年頃)

あとは、快楽主義2として、

自然で必要な欲望は簡単に満たせる。それを知る人は幸福である。

というのもあった。

また、文化の違いという観点では、日本は世界的に見ても「幸せの基準を上げやすい社会」と言われることもあるらしい。周囲との比較を無意識にしやすい文化であったり、謙遜や自己改善を重んじる価値観があったりするため、満足のラインが少しずつ上がってしまいやすいのだそうだ。そう考えると、意識的に「幸せのいきち」を低くしておくというのは、もしかすると自分なりの小さなバランスの取り方なのかもしれない。

そんなことを思いながら、また明日も散歩に出ようと思う。
たぶん明日も、どこかで自分の「幸せのいきち」を小さく超える瞬間がある気がしている。

  1. それ以外にも例えば牛丼屋に行ってものすごくいい塩梅の味の染み方をした牛丼に出会えると嬉しくなったりする。[]
  2. 肉体的な享楽ではなく、心の平静を重視する考え方[]

徒然日記 – 2026年3月3日

年齢を重ねるといいことってあるよね、という話を先日同僚としていた。

自分も40代半ばを過ぎ、周りから見るといわゆる「中堅」と呼ばれる年齢になっているらしい。ただ、当の本人にはそこまでの自覚はなく、日々を淡々と過ごしているというのが正直なところだ。
一方で、周りから見るとそれなりに年齢を重ねた人間でもあるので、これまでの経験の差から、何か意見を求められたり、少し先の立場から話をすることもある。

そういう場面でよく耳にするのが、

「年齢重ねるといいことなんてない」
「考えなきゃいけないことが増える」
「体調も悪くなりがち」

といった、どちらかというとネガティブな話だ。

自分もこれまで同じような話をずっと聞いてきたので、そういうものなのだろうと当たり前のように受け止めていた。ただ、少し立ち止まって考えてみると、いずれ自分と同じ年齢になるであろう周りの仲間たちに対して、「その先にはこういう未来があるよ」と示すのは、あまり幸せな姿ではないなと思うようになった。

確かに年齢を重ねると、体の変化もあるし、責任や考えることも増える。ついそういう部分に目が行きがちだ。
でもよく考えてみると、年齢を重ねることで得られるものも確実にある。
経験を重ねることで、物事を少し客観的に見られるようになったり、判断の拠り所になる経験則が増えたり、新しいことを考えるときの足がかりができたりする。そういう積み重ねは、決してネガティブなことではない。それに最近、自分の中で変化を感じるのは、少し俯瞰した視点が生まれてきたことだ。例えば、同僚たちが楽しそうに過ごしているのをしている姿を見て、なんとなく嬉しくなることがある。自分が若かった頃には、あまり持っていなかった感覚かもしれない。

こういう視点が持てるようになったのは、年を取って悪くないなと思えるところだ。
どうせいずれは誰もが同じように年齢を重ねていく。だからこそ、「年を取るのは嫌なことばかりだ」という未来ではなく、

「ああ、こういう感じで日々を過ごせるなら悪くないな」

と思ってもらえるような大人でいたい。
成人してからもう20年以上が過ぎたけれど、そんな姿に少しでも近づけたらいいなと思う。いまさらながら。