「財閥のマネジメント史 誕生からバブル崩壊、令和まで」読了。
以下、マークアップした部分を中心に読後メモ。
読後メモ
日本企業の競争観と財閥の経営スタイル
- 日本企業の競争は「能力を高める競争」であり、価格や品質改善を目的としているが、それが利益率の低下を招く原因にもなっている。
- 企業は競争のない状態(独占状態)を目指して競争する。つまり、競争は目的ではなく利益を得るための手段である。
非関連多角化の背景と合理性
- 財閥の多角化は非関連分野に及び、技術やノウハウがない時代には、既に先進国で成功した事業をリスク少なく導入する方法が合理的だった。
- 日本の多角化は、官業払下げを通じて低リスクで産業を拡大するという独特な歴史的背景を持つ。
競争を避ける方法の類型化
- カルテルや買収、ブルーオーシャン戦略、ニッチ市場開拓など、企業が「競争しなくて済む」方法を模索するのは自然な経営戦略である。
- 戦後の国際情勢における各種兵器を持つことによる競争抑止は、相互に攻撃できない状況を作ることで平和(利益)を実現するモデルとして紹介されている。
財閥形成の歴史的文脈と運の要素
- 三井・三菱・住友などの財閥は、歴史的偶然や特定の人物の貢献によって発展した。
- 幕末から明治期における財閥の成長は政府との密接な関係や特殊な環境条件に大きく依存していた。
組織のイノベーションと継続性
- 組織形態は新旧が共存し、古い形態もメジャーな形で長く存続するという特徴がある。
- 三井が採用した大元方制度(合同会社型の運営方式)は、企業内で資本を循環させ内部留保を厚くする効果をもたらした。
財閥解体後の企業集団の役割
- GHQによる財閥解体は東西冷戦の影響もあり不完全で終わり、企業集団という新たな形で財閥が再結集した。
- 企業集団は実務的支援よりも、社長同士の親睦や相談の場として機能し、企業再編や能力移転において潜在的な役割を果たしている。
非関連多角化と総合商社の成立
- 総合商社が日本独自の業態として成立した背景には、財閥型非関連多角化により様々な製品を扱う販売機能が集約されたことがある。
- 財閥の多角化は経済成長期に合理的で、総合商社はその販売インフラとして機能した。
日本企業の競争観の特殊性と、その背景にある歴史的文脈を財閥を軸に背景を知ることができた。
企業集団が持つ親睦機能など、日本ならではの経営スタイルがこれからどう変わっていくのだろうかというのは頭をよぎった。
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